1997年のことである。ある意味自分の人生を大きく変えるプロジェクトに放り込まれた。技術研究を主軸に新製品を生み出すというもので、各グループ会社から代表数名が集められ協力会社の方も多数参加した大規模なものだった。はっきり言って自分以外は精鋭だ。グループ会社の方でパフォーマンスが出せない人は容赦なく送り返され、協力会社の方も会社として結果を出せなければ契約更新はされない非常なものだった。
よくIT系は「たった一人の天才」の破壊力は凄まじく、100人の凡人がいても絶対に勝てないと言われているが、そんな人が何人もいるのである。ある意味厳しくも楽しいプロジェクトだった。だが今もう一度そのプロジェクトに放り込まれても、送り返されない自信は無い。当時の自分の仕事はインフラ関連の整備、プロジェクトで生成されたC++の全プログラムのビルドと配布、その生成されたプログラムのInstallShieldへの適用である。そのほかは仕様書作りがメインだったが、もちろん拙いC++のプログラムも作った。
InstallShieldはインストーラーを作るソフトである。おそらく知らないだけで使ったことがある方が大半だろう。いきなりインストーラーを作れとパッケージだけ渡され、2週間後にはそれなりのインストーラを作らなければならなかった。インストーラは独自のスクリプト言語で作成するのだがその理解から始めなければならない。もちろん誰もそのような言語は知らないから、2週間後にはグループ会社でInstallShieldに一番詳しい人になるよう指示があったくらいだ。ダメならまぁ送り返されるだけで、かなりのスパルタだった。1ヶ月後には夜間バッチで毎日C++のビルドを終えると自動的にInstallShieldに渡して、翌朝に新しいソフトウェアをデバッガーに渡るような仕組みを作ったものだ。
インフラ関連も自分が責任者だった。サーバーについてはハードウェアについてもかなり詳しいという触れ込みだった。今思ってもかなり怪しい情報である。技術研究ということである意味予算は潤沢だったので、サーバーも高性能なものを用意して貰えるとのことだった。最初に渡されたのは英文の保守マニュアルで、サーバーの運び方から各パーツの説明なんかが書いてあったのだが、まるで自作PCの説明書の様だった。翌日届くから読んでおくように言われたが、このマニュアルをちゃんと読む理由がいまいちピンとこなかったものだ。
翌日、その意味が良くわかった。全てのパーツか完全にバラバラで届き、全てを一から作る必要があった。突然プロジェクト責任者がやってきて「高性能なサーバーは用意できたが設置費までは用意できなかった。詳しいらしいからすまんが後はよろしく~!」と言われ呆然としたものだ。どうやら半分いたずらだったらしい。まともだったのはWindowsNT 4.0 Serverのパッケージだけだった。設置費って組み立て費用の事なのだろうか?現地でSEが組み立てるなど未だに聞いたことが無い。どのような注文だったのか今でも謎である。
ただバラバラのパーツは当時全てが高性能なものばかりだった。PentiumPro 200Mhz*2個、メモリー32MB*8個=256MB、ハードディスク4GB*6台といった仕様だ。これにバックアップ用のDLT装置やインストール用のCD-ROMなんかもあった。CPUはSMPと呼ばれ、当時触ることができた人は少なかったと思う。メモリーも当時としては大容量かつサーバー用だったので受注生産だったらしい。ハードディスクも1~2GBが主流だった。一つ一つのパーツが全て10万円を超えるのだ。
早速、サーバの組み立てを始めた。まずはマザーボードにCPUを載せることから始めた。そしてメモリーだ。メモリーは1枚20万以上したらしい。それを8枚差し込むのはかなり緊張したものだ。ハードディスクは一個一個ホットスワップ用のケースに組み込んだりした。サーバーのケースは完全にからっぽで、バックパネルの設置から電源の取り付け、配線なんかも全部自分一人で行った。半日くらいかけて組み立てを終え動作チェックをしたところ特に問題がなかった。そして初めてのWindowsNT 4.0 Serverのインストールを開始した。その頃、再びプロジェクト責任者がやってきて「おっ!設置できた?」と若干いたずらな顔をしていたが、ちょっと嬉しそうだったのを覚えている。今思えばサーバーの自作キットから構築したのは、これが最初で最後である。
WindowsNT 4.0 ServerのインストールはWindows95と同じで精錬されており迷うことが無かった。フロッピーディスクでいちいちドライバーを組み込むのが面倒なくらいで、自動的にSMPカーネルも組み込まれた。ここでいろいろなプログラムを実験的に動かせるのは自分だけの特権だ。万が一の場合は再インストールしてしまえば良い。ベンチマーク的なものを色々実行させたのだが、何から何まで高速だった。一番驚いたのは、どんなプログラムを動かしても固まる事が無いのだ。Windows95だとマウスカーソルが完全に停止してしまう状況で片方のCPUが100%の状態でも、もう片方が生きている限りパフォーマンスに影響が無い感じだった。WindowsNTの堅牢性とマルチプロセッサの威力を見せつけられ、いつか2CPUのNT系PCを買うと心に決めたものだ。ちなみに実際に2CPUのPCを購入したのは、Athlon 64 X2だったので21世紀に入ってからだった。
若いときの経験は歳を取ってからも貴重な財産だ。身に沁みて分かる歳になってしまった。
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