現代は高速通信の5Gとか言われているが、こいつは2Gの携帯である。
NTT DoCoMoのmovaと呼ばれたサービス用のものだ。
2012年3月で停波してしまい、今では単なるノスタルジーを楽しむためだけのゴミである。
FOMAの携帯は今でも動態保存しているが、こいつはもう電源も入らない。
うっすらと液晶にカビが生えているし。。。
左のF502iは富士通製1999年発売ものだ。i-Modeが使える携帯電話の2代目であり、携帯電話に初めてカラー液晶が搭載された歴史的モデルだ。液晶は256色の発色であり全体的に青くくすんだ色だったが、カラーで使える携帯電話の登場はインパクト絶大だった。iアプリはまだ動作できない。
小型で71gと大変軽く使いやすかった。今では当たり前のカメラ機能の搭載は、まだまだ先の事である。
この頃は、まだまだ通信代が異常に高かった。しかもサービス当初はパケホーダイ等の定額制もなかった。1パケット=128バイトにつき0.3円だ。これをパケット代もしくはパケ代と呼んでいた。
一見安く見えるが現代風に1GBのデータを消費したとしよう。実に250万円の請求が発生する。
これは当時パケ死と呼ばれ、ユーザーは恐怖し社会問題にもなった。
ここまでの料金になった人はなかなか見かけなかったが、数十万円はざらにいた。
この携帯を購入して最初の1か月はワクワクしたものだ。小さい画面でも外でWEBサイトを見られるのは非常に画期的だった。しかもカラーだし。
しかし翌月の請求には大変驚いたものだ。高額な通信料が払えない自分は、その後i-Modeのサイトをほとんど見なくなった。それでも見たい場合はブラウザに「画像表示をOFFにする」というオプションがあったので、これを設定し何とかパケット代を節約していた。
通信速度も今やMbps~Gbpsの単位だが、この頃は最大9,600bpsだった。画像が徐々にダウンロードされているのが見えるくらいの遅さだ。
高速化のためにも画像表示OFFは非常に有効な手段だった。現代でも画像表示には<img>タグを使用するが、そこにalt属性というものがある。今は記載が面倒なので設定しないこともあるが、このaltを設定すると画像の代わりに説明テキストが表示される。これを特に携帯用サイトには必ず設定するのが暗黙のルールだった。当時は文章を読むことがメインだったので画像が無くても意外と困らなかったし、広告も表示されず快適だった。
i-Modeは電子メール着信をリアルタイムで通知してくれる機能が先進的だった。
90年代~2000年代初めはまだダイアルアップの時代で、通常の電子メールについては新着があるかどうかを、自分から取りに行って確認しないといけなかった。
そこで特定の電子メールアドレスについては、i-Modeのメールに転送するようにしていたのだが、これが非常に便利だった。
たしか当初は先頭の250文字までしか表示されなかったが、誰からのメールでどんな内容のメールかリアルタイムで着信が分かったので、いつも返信が早く驚かれたものだった。
実のところスマホの通信料が高かったので、ガラケー + iPad mini(MVNO) という運用を2022年まで続けていた。スマホデビューはごくごく最近である。
途中FOMAの「メール使いホーダイ」というプランに変更したが、この運用は20年以上続いた。
もしかしたら今はアンテナが内蔵されているため若い方は知らないかもしれない。当時の携帯は着信があるとアンテナを伸ばしてから、着信ボタンを押すのだ。電波が強いところでは問題なかったが、山間部などはアンテナを伸ばして、電波が強くなる方向を探したものである。
よく見るとわかるのだが、両方ともアンテナが交換してある。
技適的にどうか?というのは置いておいて、交換用のアンテナは通常の量販店なんかでも普通に売っていた。決して電波強度を高めるものではない。
着信があるとピカピカとアンテナの先が光るのだ。当時は青色LEDは未来の技術と言われていたが、それが一般ユーザーにも手に入るほどコストダウンされていた。
青色LEDは当時でも珍しく、この色が良く売れていたと思う。もちろんド派手に7色で光るアンテナなんかも売られていたがギャル向きだった。
通信時の電波の電力を使って光るため電池などは不要だ。そのためか交換してしまうと電波の入りは今一つだった。
他にメリットもあった。着信開始と同時に輝き始めるのである。電話をかけるとき「プップッ・・・」となってから鳴り始めるのはご存じだろう。
この「プップッ・・・」の時点で既に通信が始まっているため、着信音が鳴る前に光るので先に気が付くことができたのだ。
当時、異常に電話を取るのが早いと言われていたが、それが理由である。
右側はN504iでNEC製2002年モデルである。105gと重くなったが画面が大型化された。いわゆるパカパカ携帯で、今でもガラケーの基本的な形だ。当時パカパカ携帯はNECからのみ出しており非常に人気があった。その後各社ともパカパカ携帯に移行していった。
このパカパカ携帯で非常に伸びた会社が「ストロベリーコーポレーション」という会社である。マニアしか知らないが携帯用ヒンジを武器に売上を伸ばしJASDAQ上場まで行った有名な会社だ。超合金ロボの様な変態的ギミックの携帯もあったが、この会社の技術のおかげである。
スマホが普及し始めるとパカパカスマホは無いわけで、あっという間に売り上げは減少し倒産してしまった。その後、国内の携帯メーカーも低迷や撤退したのはご存じの通りだが、その前に逝ってしまった会社の一つである。
実はストロベリーコーポレーション社へは仕事で何度か足を運んだことある。会議室におやつを常備している会社だった。常におやつが籠にてんこ盛りで入っており、もちろん訪問者もいただけた。お土産に社名になっているストロベリーのキャンディーを良くいただいていたものだ。
このN504iはiアプリが利用できた。503iシリーズから動作可能だったのだが毎年交換する訳にもいかず、1年我慢してから機種変更をした。
このiアプリの機能は驚きだった。今では当たり前の事だが携帯に好きなアプリを追加して機能強化できるのだ。
iPhoneもAndroidもストアが用意されているがi-Modeが原型と言われている。基本的な概念はこの頃と何も変わらない。
調子に乗って何個かアプリを入れたが、やっぱりパケット代に問題があった。iアプリを1つダウンロードする毎に数百円のパケット代がかかった。そしてアプリからも遠慮なく通信するのだ。
お試しでダウンロードするにも覚悟が必要で、基本的に通信をしないゲームしかダウンロードしなかった記憶がある。
Wi-Fiなんか無いわけで、何かする度にゆっくりとパケット代が絞り取られる様にできていた。
i-Modeメールもこの頃から既にSPAMに悩まされるようになってきたが、なかなかSPAM対策はされなかった。SPAMも着信するとパケット代として徴収されるのだ。
ある意味このドコモの戦略は正しい。ぼろ儲けだったに違いない。
携帯にカメラが無い時代は、携帯にプリクラを貼るのが流行ったものだ。
表面にびっしりと貼る人も多かったが、恥ずかしがり屋さんは電池カバーの裏側に貼ったもんだ。
んっ?電池カバーの裏側???
あ゛あ゛あ゛~~
この携帯電話は直ちに処分することにした。
コメント